頑張らないように頑張る。

怠惰と努力の狭間

言葉や単語が持つイメージ🗣

似たような言葉なのに、

使う言葉や単語によって、

印象ってガラッと変わるよね。


⚖️例1:「男女平等」

誰が言い出したのか分からない分からない言葉、「男女平等」

何で「平等」という単語をチョイスしたんだろうか。

「共生」ではダメだったのだろうか、「男女共生」


「平等」という単語には権利の主張のような力強さを感じる事ができるがその反面、天秤の均衡が取れない場合に安直な思考(相手の上皿から権利を剥奪したり、自分の上皿に有りもしない権利を上乗せする)に陥りがちであるとも考えられる。

一方「共生」という言葉には協力的で博愛的な優しい印象を感じる事ができ、困った時に手を取り合い、協力する時に手を取り合う。そんな印象さえ覚える。


🐜例2:アントマン「ピーナッツ」「ジェリービーンズ」

アントマンの主人公であるスコットには愛すべき一人娘がいる。 娘の名を呼ぶ時、吹替版で観ると「キャシー」と呼び、字幕版で観ると「ピーナッツ」と呼んでいる。

また、量子学の権威であり初代アントマンであるピム博士の妻ジャネットは、娘ホープの事を「ジェリービーンズ」と呼ぶ。


「ピーナッツ」「ジェリービーンズ」とは、子供を呼ぶ時の愛称のようなものであり、主にアメリカなどで用いられる。 小さくて甘くて可愛い。そんな印象からこう呼ばれているようだ。


愛称で呼ぶ事によって、我々観客は愛娘に対する愛情を存分に感じる事ができ、作中の人物の人となりをも感じる事もできるが、吹替版だとそれを感じる事が難しい。 (日本語には類語がないので仕方ないが。)


🕊例3:「死んだら負け」「いじめたら負け」

Twitterで見かけたツイート。

「死んだら負け」にはどこか哲学的・宗教的な意味合いを感じ取る事ができ、「いじめたら負け」はその中でも善悪に焦点を絞った倫理学的な一面を感じ取る事ができる。

というのも、「死んだら負け」には"被害者へのメッセージ性""加害者へのメッセージ性"の二面性があるように感じるからである。

"被害者"に対しては「強く生きよう」「生きてるだけで丸儲け」のようなメッセージであり、"加害者"に対しては「被害者が死んでしまったらお前は殺人に加担した事になり、それはつまりお前自身を殺す事にもなる」のようなメッセージを感じる。

一方、「いじめたら負け」は、"被害者への同情""加害者への罵倒"のようなものを感じられる。 同情も罵倒も"自分の感情"であり、"相手(被害者/加害者)の感情"を無視している。


"いじめる側"の人間は反社会的で残虐な性格がある一方、孤独感や焦燥感、臆病で貧弱な性格を持ち合わせており、それを埋めるかのように他人を陥れて権力を見せつける事で自己陶酔に浸ったりする。 そのため、自尊心を傷付けないように配慮し、否定せずに認めてあげる事が大切になってくる。 もちろん、ダメな事はダメと伝えないといけないが。

一方、"いじめられる側"は、そんな"いじめる側"から標的にされやすい、つまり地味で特徴がなく権力行使できそうな人を無差別的に選択して、その中の一人になってしまったに過ぎない可能性がある。 そのため、いじめられる環境から脱してあげる援助と、メンタルケアをしてあげる必要が出てくる。


このように、自分の感情を押し出すだけでなく、他者の気持ちに寄り添った言葉選びというのが大切なのである。


🔍「類語の探索」と「印象の検討」

言葉や単語には、必ずと言っていいほど類語が存在する。(もちろん固有名詞は例外)

その類語をいくつか抜粋し、相手に対してどう伝えたいのかによって、何を使うのか検討する必要がある。


例えば、前回載せた犯罪心理分析のプロファイリングの書籍。 この書籍には『レイプ』という単語が頻出する。 類語には「強姦」「強淫」「凌辱」「性暴力」などが挙げられるが、『レイプ』には卑劣な残虐性を感じ、人間の持つ先天的な倫理観直接的に力強く訴えかけて来るような印象さえある。

実際のところは著者でも翻訳者でもないため分からないが、犯罪心理分析という分野だからこそ『レイプ』という表現が生きてくるのが分かる。


🙂まとめ

もちろん言葉や単語に対する印象には個人差がある。

僕が感じている印象とは真逆であったり、はたまた全く別の視点が出てくる事もあるだろう。

今一度、言葉や単語が与える印象を認識し、口から出る前に噛み砕いてから世に放ちたいと感じるところである。

(「口から出る前に噛み砕く」って表現気持ち悪いな、、、)


🤔そんな事より、

前回に引き続き、マジで写真がない。。。

めちゃめちゃ昔に描いたなめこでも見てやって下さい。

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今週末で解放されるから、次からは写真も適当に載せられる。はず。

「影響を受けやすい性格」と「濾過装置」🚰

流されやすい性格でもないないし、

優柔不断でもないんですけどね。

好奇心旺盛なだけかな。


🙃影響されたもの(抜粋)

まずはざっくりと身の上話。

記憶が一番古いのは【野球】。 何で「やりたい」って言い始めたのかは覚えてないが、小学2年生の10月に少年野球に入団した。 当時は他にも習い事はしていたが、親としても息子自ら「やりたい」って言った習い事だった事もあり嬉しかったらしい。

趣味の献血は「父親」がよく行ってたというのがきっかけだし、【ダンス】ニコニコ動画の踊ってみたカテゴリの「仏壇仮面さん」がきっかけ。

仕事の【IT系】は、以前のエントリーでも話したが、元々は「友達」がパソコンに対して興味を持たせてくれたのがきっかけ。

最近だと、【量子学】はMARVELの「アントマン」がきっかけだし、【プロファイリング】は海外ドラマの「クリミナル・マインド」がきっかけ。


🤔自分の性格と照らし合わせてみる

冒頭にも書いたが、別に流されやすい性格でもなければ、優柔不断でもない。 むしろ、主体性もあって決断も早い方だ。


では何故影響を受けやすいのか。

自分の性格として、「怠惰」「短気」「飽き性」「臆病」「素直」が挙げられる。

「素直」だから、いきなり遮断するんじゃなくてまずは聞き入れる。
「臆病」だから、未経験である怖さを持っている。
「怠惰」だから、いざ経験する時も面倒臭さを感じながらやっている。
「短気」で「飽き性」だから、合わないと思えばすぐに見切りをつける。


つまり、間口は広く、フィルターは多くといったところだろうか。

間口が狭いと?フィルターが少ないと?

濾過装置を思い出していただけると分かる通り、最初は粗いフィルターから始まり、徐々に目の細かいフィルターに移る。

多層構造である事で、目詰まりを起こりづらくなり、濾過精度も上がる。


粗いフィルターだけだと何でもかんでも通してしまい、細かいフィルターだけだと必要なものまで遮断してしまう。

また、間口が狭いというのは最初のフィルターが細かいという事にも言い換えられる。 先程述べた通り、最初のフィルターは粗く、徐々に細かくしていくべきである。


もちろん、僕がそうだからそうしろというワケではなく、初期フィルターの性能が高い人もいれば、意図的に間口を狭めてる人もいるだろう。 これはこれで有効に働く事もあるはずであり、実際に、事前に危機回避できるのはこのタイプである。


🙂まとめ

「影響を受けやすい」「感化されやすい」にも様々ある事が分かる。

それについて悩んでいるかどうかはさて置き、考える機会がある場合は濾過装置を思い出したい。

「すぐにシャットアウトしてしまう」なら間口を広げればよいし、 「何でもかんでも受け入れてしまう」ならフィルターを増やせばよい。


🤔そんな事より、

最近勉強漬けで出歩いてないから話題もないし写真もない、、、

最近買った本でも見て。

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お酒飲みたい。

子供に学問に興味を持ってもらう方法🎓

理屈っぽくて、

回りくどくて、

ウザい。(だがそれがいい)


🇯🇵「あみだくじ」って日本固有らしい

アメリカ人は「あみだくじ」を知らないって初めて知った。

他の国だとどうなんだろうと思ってさらっと調べたら、日本固有の文化らしい。

室町時代からあって、阿弥陀如来から由来が来てるらしい。by. Wikipedia


💡学問に興味を持たせる方法

「勉強しなさい!」

そんな事言われても誰もやらない。

いや、心理学的にいえば「動機づけ」の話で、恐怖によるモチベーションで追い詰められながらやる人もいるだろうけど。

一番手っ取り早い方法「身近なものを科学する」

例えば「あみだくじ」。

「あみだくじってのがあるんだよ」だけだと弱い。


「あみだくじって日本固有の文化なんだよ」とか、
「日本固有の文化といえば"UMAMI"って日本発信なんだよ」とか、
「外人さんにあみだくじの説明するには英語の勉強しなきゃいけなくてね」とか、
「あみだくじは数学でいうところの帰納法で証明できるんだよ」とか、
帰納法といえば哲学ではベーコンが提唱しててね」とか、
「当たる確率は等しくなくて、等しくするには何千も何万も横線を書かなきゃいけなくてね」とか
「確率といえば量子論の世界でも確率解釈ってのがあってね」とか、
量子論といえばMARVELのアントマンがね」とか、
量子論と同時期に出てきたのが相対性理論でね」とか、
相対性理論で有名なアインシュタイン発達障害の傾向があってね」とか、
相対性理論量子論も物理学の世界の話でね」とか、
「物理学はスポーツにも用いられていてね」とか、
「あみだくじの理論は分からないけど、お父さんはプログラマだからあみだくじを作成するプログラムは書けるよ」とか、、、


うざったい。

うざったいけど、それがいい。

👶子供は親の真似をする

子育て世代は身に沁みて感じてると思うが、子供は親の言う事は聞かないくせに一丁前に真似だけはする。 親がスマホをいじってれば子供もスマホをいじらせろと言ってくるし、親がテレビを観て口調を荒げてたら子供の口調も荒くなる。

子供に限らず大人でも同じだが、人は人の真似をする事で、社会的な振る舞いやスキルを身に付けて成長する。

という事は、相手に「悪い事(真似)をするな」と言うよりも、自分が良い事(真似)をすればよいという、それだけの事である。


あみだくじの話に戻すと、一つの事象から付随する知識をいくつも示す。 そうする事で「この人(親)は何でこんなに知ってるんだろう」「自分も知りたい」という感情が沸き立つ。 そこから学問に対する興味の種が芽生え、学問への扉が開かれる。

もちろん、信頼関係があってこその感情である。 子というのは、下手をしない限り親を慕うものであり、だからこそこれが有効に機能する。 信頼関係がないのにあれこれ言っても、それは無意味無価値であろう。 信頼関係を再構築するところから始める必要がある。

背中で語るか、口で語るか

男なら背中で語ってもよいと思うが、正直僕には難しい。 あれこれ口に出して説明したい。 口で説明した方が解釈に揺れが生じる可能性があると思ってるし、ただ単に知識をひけらかしたい(正直)。

ただ、逆に考えれば、あらゆる解釈を持たせて想像力を掻き立たせるために背中で語るのも良い。

どちらにしても「語ってる」という事には変わりなく、語るという事は伝えるという事なので、子供であれ大人であれ、相手に伝える術を考える必要はある。


🙂まとめ

一つの事象からあらゆる事が考えられるようになると楽しい〜〜

何かを始めるに遅過ぎるなんて事はないけども、もっと早く勉強に目覚めればよかった、、くそぅ、、、


🤔そんな事より、

docomoからとんでもなくデブなメールが届いてた。

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ラーメンがタダとか最高かよ。

人間の弱さ💔

他人に興味ないし、

政府もメディアも他人だし、

別に好きにしてくれていいんですけどね。


📺NHKスペシャル「マネーワールド~資本主義の未来~ 第2集 仕事がなくなる!?」

www3.nhk.or.jp

この番組についての言及。

別に誰がどう思おうが好きにすればいいけど、

賛同の声が多いように見えたので、別角度からの指摘。

(槍玉に挙げて申し訳ないです。以下を見てもらえば分かりますが、別に批判してるわけじゃないです。)


⚖️強者と弱者?富裕層と貧困層

個人的にはこの言葉からしてあんまり好きじゃないけど、それはさて置き。


弱者・貧困層について考えると「物事の表面しか捉えられない」「目の前の物事に必死で先の事まで考えられない」「情報収集力に欠ける」などが考えられる。 そして、「できない人」と言われる。

強者・富裕層について考えると「一つの物事を多角的な視点から捉えられる」「2手3手先も見据えた行動が取れる」「情報収集力に長ける」などが考えられる。 そして、「できる人」と言われる。


弱者・貧困層は、知識こそないものの人間的な強さを持っており、情に厚く、豊かな感性を持ち合わせている。 また、現場の辛さを身に沁みて感じているため、大きな変化だけでなく、小さな変化にも敏感になってしまう。

強者・富裕層は、知識や経験がある事が裏目に出て、合理化や論理的思考から、意固地になりやすい。 また、現場から遠く全体を見ている事が多いため、小さな変化だけでなく、大きな変化にも柔軟に対応する。


世の中全ての人間が"できる"わけではないので、双方の意見が出て当たり前。 また、意見は誰しも述べる事ができるため止めるべきではなく、双方の意見を突き合わせる事が大切になってくる。

🙅マウントは禁止

何も知らない小学生が、教師からの教えによって、学術的な知識を付けていく。

何も知らない新入社員が、上司からの教えによって、社会人としての経験を身に付けていく。


ここで分かるのは、最初は誰しも「弱者」であり、「強者」の教えによって成長するという事である。


しかしながら、その恩を忘れた「似非強者」は、自分が一番強いと思い込んで「弱者」のマウントを取る。

これほど哀れな事があるだろうか。

人間の弱さを感じる。


「ググれば出てくる情報も得られないから弱者なんだ」「もっと知る努力をしろ」なんてのは暴論も良いところ。

逆に言わせてみれば「教えるスキルもないのに強者語んな、似非強者が」「もっと教える努力をしろ」。


知識は暴力のために使うべきではないし、馬乗りになって暴力を働くなんてのは以ての外である。


🙆必要なのは「ナレッジ共有」

上でも述べた『最初は誰しも「弱者」であり、「強者」の教えによって成長するという事』について。


言ってしまえば、知識の共有、ナレッジ共有である。

これには年齢や経験は関係ない。

生まれてきた環境や興味を持つ分野、所属しているコミュニティなどによって身に付ける知識は違う。

💬例:兄貴との会話

つい最近、僕の兄貴と「AIと仕事」について話をする機会があった。

僕はIT業界の人間であり、兄貴は製造業の人間であるため、今回の話には適例である。

兄「AIが人間の仕事が減るって本当?」
僕「半分合ってるし、半分間違ってる」
兄「合ってるのは?」
僕「単純作業はAIやロボットに任せられるようになるから、人間の作業量が減るって意味では合ってる」
兄「間違ってるのは?」
僕「AIやロボットも所詮機械だから、メンテナンスするには人間が介入しないといけない」
兄「製造業ってどうなるの?」
僕「多分だけど、オペレーションの簡略化が進む反面、メンテナンス量が増えると思う」
兄「どうすればいいの?」
僕「すぐにすぐ変わる事はないけど、政府と役所がよろしくやってくれるから、今まで通り仕事しながら知識と経験つけていけば問題ないよ」

「ggrks」と言ってしまえばそれまでだが、それなら教師も上司も必要ない。 また、ネットの弱い部分は「人間に寄り添ってない」という事だ。

相手に合わせて言葉を選んで分かりやすく伝えるのは、人間の強い部分である。 だから、人間同士でのナレッジ共有が重要なのである。


🙅不必要なのは「メディア批判」

メディアは実態を伝えるだけであり、それに対してどう感じるのは視聴者の問題。

今回でいう実態とは「それはあくまで勝者の理論であって貧困層の気持ちを考えてない」の部分である。

これは弱者・貧困層に寄り添った発言ではなく、ただ実態を言っているだけ。 実際問題、AIによって仕事がなくなると思っている人は多い。 前述した僕の兄貴も同じだ。

これのどこにメディア批判する要素があるのだろうか?


『メディアが「それはあくまで勝者の理論であって貧困層の気持ちを考えてない」と言ったから、貧困層に肩入れしてる・孫さんを目の敵にしている』 というのであれば、それはメディアに対する責任転嫁であり、ある種の自己投影さえ感じる。

本当は視聴者自身も、貧困層に肩入れしたいと思ってるし、孫さんを目の敵にしたかったんじゃない?

まあ、視聴者が本当にそう感じてしまったのであればそれまでだが。


🙂まとめ

メディアは他人だし、他人が何を言おうが関係ないし、他人が言った事に対して自分がどう感じてどう動くかが問題であり、その他人も何かしらの考えがあって発言をしてると捉えるべきだから、結局大事なのは自分。

元々はみんな「弱者」だったんだから、その時のことは忘れないように。

ってか、みんな何だかんだテレビ見てるよね。 批判対象の媒体がテレビである事多い気がする。 テレビ離れとは一体...


🤔そんな事より、

みんなプーさんでも見て落ち着けばいいよ〜〜〜会社行きたくない〜〜〜〜。

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タイトル考えるのいつも悩むんだけど、どうやったらキャッチーなタイトル付けれるんだろう。

何でそんな簡単に「人」を嫌いになれるの?🤔

本当にその人が嫌いなの?

その人のどういう部分が嫌いなの?

物事の本質的な部分も踏まえた上で嫌いなの?


📺ひるキュンに出演したホリケン

news.nifty.com

田中みな実を逆さに抱き上げてホウキにしたり、

アンミカを逆さに吊り上げたり、

ダンボールを放り投げたり。


✂️この件で問題視すべきは「番組サイド」


「何を持っているかではなく、持っているものをどう扱うか」

この言葉はよく聞くだろう。


番組編成を考えるのは、番組サイド。
どういう客層にどういう情報を届けるのか考えるのも、番組サイド。
そのために誰をキャスティングするのか考えるのも、番組サイド。


ホリケンの番組を選ばず傍若無人に振る舞う芸風は、視聴者である我々でも分かる事であるため、テレビ業界人であれば分かるはずだ。

気が使える芸人を起用するなり、傍若無人な振る舞いは慎むように入念な打合せをするなり、番組サイドでコントロール可能なはず。


それなのに何故、昼の情報番組にホリケンを起用し、傍若無人な振る舞いを許したのか。


絶対に違う事は分かっているが、ホリケンを干すための陰謀論とさえ思えてくる。


😕他の番組ではどうか?

では、ホリケンが出演している他の番組ではどうか。

ぱっと思い浮かんだ「さんまのお笑い向上委員会」「アメトーーク」で考えてみる。


さんまのお笑い向上委員会」では、さんまさんを含め、他の芸人もホリケンの扱いを熟知している。 番組内で傍若無人な振る舞いをする事もあるが、批判の声は上がっていない。

アメトーーク」では、街ブラロケをしており、一般人に対しても同じように振る舞う。 しかしながら、これも批判の声は上がっていない。


ここで分かるのは、同じ振る舞いなのに、他の番組だと批判されないという事だ。


📚心理学でいう「原因帰属」「共変原理」

以前のエントリーでも書いたが、「ケリーの共変原理」というものがある。

これは、行為者の反応が内的帰属しているか外的帰属しているか、以下の3つの視点により見る原理である。

  • 一貫性:ある対象に対する反応は、他の状況でも変わらないか
  • 一致性:ある対象に対する反応は、他の人々と一致しているか
  • 弁別性:ある対象に対する反応は、その対象に限られているか

「行為者」は視聴者、「ある対象」はホリケンとなる。


「一貫性」で見ると、ホリケンの振る舞いは番組により左右しない。(=一貫性はある)
「一致性」で見ると、批判の声もあるが、そうでない声もある。(=一致性はない)
「弁別性」で見ると、ホリケンでなくても叩かれるであろう。(=弁別性はない)

一貫性のみ高く、一致性と弁別性が低い場合は「内的帰属」となる。


つまり、外的であるホリケンに帰属しておらず、内的である行為者自身の性格に帰属しているという事だ。


🙁「行為主義・行為者主義」の問題

以前のエントリーにも書いた内容。

人を叩くんじゃなくて、行為を叩かないと。

行為を叩くなら、行為者全員叩かないと。

「ホリケンだから嫌い」とか許されないよ。


🙂まとめ

みんなすぐに「人」を嫌いになり過ぎ。

嫌いになるなら「行為」から。

「行為の積み重ね」で「人」を嫌いになる事はもちろんあるけど、「一つの行為」だけで「人」を嫌いにならないように。


🤔そんな事より

お花綺麗に撮れたから見て〜〜

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フォーカスずらしたの〜〜〜〜